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房一が云ふと、喜作は突然びつくりするほど大きな口を開けて笑つた。
「お礼ですか」
「君達は一体何者だ!」
「昨日、君とこの奥さんがバスに乗るところを見かけたが、――」
河原町の上手を出外れると、やはり一帯は桑畑の中を、路はだんだん上り勾配をましながら川から遠ざかつて行くのだが、左手に迫つている山腹の下方にとりつくと、そこから急に路面も赤土になつて、途中でいくつも屈折した坂路が山を越えて杉倉の方につゞくのである。
徳次は自分のことのやうに熱心に路順を考へた。
と、小谷はひとり言にしては大きい声で云つた。が、代りがないので又水の中へ放つた。
が、それもこれも一週聞か十日たつうちには、たちまち漠とした過去の中に滑りこんでしまひ、目立たなくなり、ぼやけ、遠のき、ふたゝびあの河原町特有の単調さがあたりを支配し、だるげな瀬のどよめきが耳につき、季節の曖昧な足どりが現れ――或る日はさらさらいふかすかな音を立てて雨が通りすぎ、曇つて何となく冷え、急にぱつと日ざしが輝き、又冷え――そして、年ごとに絶えず繰り返へされながら絶えず或る新しさを持つて、慣れることのない、捉まることのない冬が、底冷えと疾はやいおびたゞしい雪もよひの断雲と刺すやうな寒風とを伴つてやつて来た。
と、練吉が引つたくるやうにとつてしまつた。
「あれですかね、やつぱり自分で歩かなくちやいけませんかね」
「や、ありがたう」
と、きよろりとした目つきに返つた徳次は、立ちはだかつたやうな恰好になりながら、房一の傍に停つて訊いた。