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――彼は医者である。免状もある。開業もした。患者もどうにかつきはじめた。職業的には立派に医者としての条件を具へつゝある。だが、河原町ではそんなことは通用しないのだ。何か別のものが、職業上の条件以上のものがここでは必要だつた。
一人だと何んて少ししか喰べないもんだらう、まるで小鳥の餌ほどだつたわ、と可笑をかしがりながら。――それに、後片づけだつてざぶざぶつと一二回やれば済んでしまふわ、と横目で膳の上を眺めながら。
さう云ひながら、盛子はゆつくりと喰べていた物がまだ口の中に残つているような無邪気な顔をした。
徳次は明かに房一にくれようと思つていたらしかつた。で、間が悪さうにそこに立ちはだかつたまゝ、あのきよろりとした目でしきりに練吉と房一を見くらべていた。
今日幾人かと会つて口を利いただけで、彼は自分が今はじめて河原町での医師になつているのを感じた。それはまだ形ができてはいなかつた。だが、彼の足は今河原町の土を踏み、彼等が房一を認めると否とにかゝはらず、否応なくその相手になつていなければならなかつた。この短時間のうちに得た小さな発見は、何故か房一の胸に或る落着きを与へた。
房一は慌てて、診察にかゝつた。その後で彼は云つた。
「はあ、見て参ります」
「もう遅いんですよ、おぢいさん。泊つてつたらどうです」
「いや、なに」
徳次は足を踏ん張つて立ち、まだそこら中を見まはしていた。房一はちらりとその顔を見たが、黙つて片づけていた。
と、小谷が徳次の足に目をつけて云つた。どこで手に入れたのか、徳次は白い紙緒の藁草履をちやんとはいていた。
「ちつとも知りませんでしたよ」
「あの人はつまりこんな風な人なんだわ。こんな風に――」